バンド「赤い公園」の死亡メンバー津野米咲は天才ギタリストだった!

エレキギター訃報

ロックバンド「赤い公園」のメンバーの津野米咲(つのまいさ)さんが、2020年10月18日に東京都内の自宅で倒れているところを発見され、死亡が確認されました。

29歳という若すぎる年齢での急死でした。

 

遺書はありませんでしたが、自殺と見られています。

 

今年はコロナ禍の中で相次ぐ芸能人の自殺という訃報のニュースばかりで、心が痛む日ばかりです。

 

死去された津野米咲さんは、グループではギターを担当したギタリストでした。

その才能と腕は「天才」とまで呼ばれていたほどだったんです。

 

ロックバンド「赤い公園」のグループや津野米咲さんの経歴や、作品についてまとめます。

 

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「赤い公園」は石野理子がボーカルのバンド!津野米咲はリーダーとギターを担当

ロックバンド「赤い公園」のメンバーはこちら。

  • 津野米咲(つの まいさ):ギター・コーラス担当。1991年10月2日生まれ
  • 石野理子(いしの りこ):ボーカル担当。2000年10月29日生まれ
  • 歌川菜穂(うたがわ なお):ドラムス・コーラス担当。1992年8月28日生まれ
  • 藤本ひかり(ふじもと ひかり):ベース担当。1992年10月31日生まれ

 

2010年1月4日に高校の軽音楽部の4人で結成されたバンドで、地元の東京都立川市のライブハウス「立川BABEL」を拠点に活動を開始しました。

その後、翌年の2011年にインディーズ時代を経て、2012年9月19日にシングル曲「のぞき穴」でメジャーデビューしました。(オリコン89位)

 

インディーズ時代から、作曲力・構成力(アレンジ力)・演奏力など音楽性高く評価される一方で、「1曲に込める情報量が多くて聴き手を混乱させる」という批評もあります。

 

亡くなった津野さん自身は、生前にバンドの音楽性や方向性についてこう語っています。

「ジャンルがかちっと決まっているバンドが多いシーンの中で、限りなく、とてつもなく自由でいたいんです。だから、方向性を決めないというのが方向性ですね」

「今まで色んな音楽を聴いてきた中で、やりたい音楽がごちゃ混ぜになっているんですよね。一番好きなアーティストを訊かれたりすると困るし、”こういうバンドが好きなのかな?”と想像してくれるとうれしい」

 

今年にシングル「絶対零度」とアルバム「THE PARK」を発売していた

2012年にメジャーデビューを果たした赤い公園は、これまでに10枚のシングルや5枚のフルアルバムなどを発売しています。

2019年10月23日にはEPの「消えない」も発売されています。

 

2014年には、シングル「絶対的な関係」がオリコン20位を獲得しています。

 

今年も、1月29日にはシングル曲「絶対零度」、4月15日にはフルアルバム「THE PARK」を発売するなど精力的に活動中でした。

 

2017年に脱退したメンバー佐藤千明は現在ソロで活躍中

津野米咲さんが亡くなったときは4人のメンバーで活動していましたが、2017年までボーカル・キーボード担当の佐藤千明さんがメンバーでした。

 

佐藤さんは身長が173㎝という高身長で、津野さんとともにボーカルを務めていました。

津野さんは佐藤さんと並んだ時に比較して5~10cmくらい低く見えるので、165cmくらいではないかと思います。

 

2017年に脱退した佐藤千明さんは、現在「チアキ」名義でソロで活動中です。

 

津野米咲はバンドの作詞作曲・プロデュースや楽曲提供をする天才

津野米咲(つのまいさ)さんのプロフィールはこちら。

  • 1991年10月2日生まれ(没年齢:29歳)
  • 出身地:東京都
  • 所属事務所:ソニー・ミュージックアーティスツ

津野米咲さんの祖父の津野陽二さんと父親のつのごうじさん、ともに作曲家なんです。

さらに、祖母は元宝塚女優、母はピアノ、一番上の兄はギター、2番目の兄はドラムを演奏するという音楽一家に生まれ育ちました。

 

3~4歳からエレクトーンを習い始めたのが音楽のきっかけだそうで、ギターを始めたのは高校1年生のときだったそうです。

音楽一家に生まれた津野さんが、音楽の道に進んで才能を開花させたのはある意味では当然と言っていいかもしれません。

 

そんな音楽一家で育った津野さんは、自身が所属していたロックバンド「赤い公園」のリーダーを務め、全曲で作詞作曲そしてプロデュースまでしていた中心人物だったんです。

 

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津野米咲はSMAPなどに楽曲提供をするほどの天才音楽家だった

津野さんの活躍は、グループ内だけにとどまりません。

他のアーティストさんたちに楽曲提供もするほどの活躍ぶりでした。

 

ですから、1人の音楽家として津野さんを知る人も多かったんです。

 

SMAPの「JOY!!」をはじめ、YUKIやモーニング娘。’16など、ジャニーズやハロプロまでそうそうたるアーティストたちに楽曲提供をしていました。

 

先日に肺炎で逝去された筒美京平さんも、SMAPの「心の鏡」や「負けるなBaby!~Never give up」「BEST FRIEND」を作曲していました。

津野さんも、筒美さんと同様にSMAPの曲を作曲して提供していたんです。

 

↓↓↓筒美さんの訃報について詳しくはこちら

 

津野さんは、まだ20代なのに若き才能にあふれていた女性だったんですね。

 

また、TVアニメ「アイカツ!」の巴山萌菜による変名ユニット「Re:versed」の「一か八か」の曲など、幅広く楽曲提供をしていました。

 

津野米咲の死因は本当に自殺?理由はいったい何?


津野さんの死因は自殺とされていますが、遺書などは見つかっておらず理由は明らかになっていません。

 

今年はコロナ禍でたくさんの音楽イベントが中止になるなど、活動が思うようにできていなかったこともあり、将来に不安を感じていたのでしょうか。

 

今年は、三浦春馬さんや竹内結子さんなど芸能人の自殺が相次いでいて、津野さんも何か相当に悩んで思い詰めて自殺をいう方法を選んでしまったのでしょうか?

これだけの音楽の才能を持っていた人が、自らの死を選んでしまったことは本当に残念で悲しいことでしかありません。

 

何か誹謗中傷やアンチがあったという自殺理由は、決してあってほしくないですが・・・

 

若い天才の才能は、現在もこれからも曲とともに生き続けていく

ロックバンド「赤い公園」と、メンバーで若き天才音楽家だった津野米咲さんについてまとめました。

 

津野さんは、20代にしてグループでの作詞作曲やギターの演奏だけにとどまらず、他のアーティストへの楽曲提供など幅広く活動していた音楽家です。

これだけの若い才能が失われてしまったことは、本当に残念でなりません。

 

作る曲だけでなく、ギターを演奏する姿を好きなファンもたくさんいました。

本当に本当に悲しすぎるニュースです。

 

でも、津野さんのギターを弾くカッコいい姿や、津野さんが作った素晴らしい楽曲は、今後も音楽ファンの心の中に生き続けていきます。

 

津野米咲さん、たくさんの素晴らしい音楽を今までありがとうございました!

そして、おつかれさまでした!

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

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