筒美京平さん死去!昭和・平成の歌謡曲からアニソンまで名曲まとめ!

譜面訃報

数々の名曲を作ってきた作曲家の筒美京平さんが、2020年10月7日に誤嚥性肺炎によって80歳で死去されました。

 

筒美さんといえば、昭和の大ヒット曲を数多く手がけてきた偉大な作曲家さんで、昭和の歌謡曲を支えてきた大きな存在と言える人物です。

ここ最近は、令和になっても昭和の歌謡曲が若い世代にも人気が出ていたりしましたが、これも筒美さんの作曲した名曲があってこそでしょう。

 

昭和だけでなく、平成時代も数多くの曲を作り上げています。

歌謡曲はもちろん、アニメソングまでヒット曲を数多く手がけているんです。

 

そこで、筒美京平さんのプロフィールと、作曲した作品から代表曲と呼べるものをいくつかピックアップして一覧にして紹介します。

代表曲と言える曲さえたくさんありすぎて紹介しきれないくらいですが、ぜひ昔の名曲に思いをはせてみてください。

 

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筒美京平さんはゴーストライターと呼ばれたほどの匿名性と才能の作曲家


筒美京平さんのプロフィールはこちら。

  • 本名:渡辺 栄吉(わたなべえいきち)
  • 別名:JACK DIAMOND
  • 生年月日:1940年5月28日
  • 出身地:東京府東京市牛込区(現:東京都新宿区)
  • 死没:2020年10月7日(没年齢:80歳)
  • 学歴:青山学院大学経済学部
  • 事務所:筒美音楽事務所

 

 

筒美さんは、青山学院初等部、青山学院中等部、高等部と小学生からエスカレーター式で青山学院大学経済学部に進学して卒業した、生粋の青学生です。

大学生のときはジャズに打ち込んでいて、音楽の世界に入るきっかけになりました。

 

大学を卒業して1963年に日本グラモフォン(現在のユニバーサルミュージック)に入社して、洋楽担当ディレクターとして勤務します。

それと同時に、大学の先輩でもある作詞家の橋本淳さんに進められて作曲や編曲を勉強し始めます。

 

師匠となった人は、作曲家のすぎやまこういちさんです。

すぎやまこういちさんと言えば、「亜麻色の髪の乙女」「学生街の喫茶店」などの歌謡曲からゲームのドラゴンクエストのテーマ曲の作曲でも知られる有名作曲家ですね。

 

すぎやまさんのお弟子さんとして学んでいった筒美さんは、1966年に藤浩一さんの歌った「黄色いレモン」で作曲家デビューします。

この曲の作詞は、作曲家になることを進めてくれた橋本淳さんでした。

 

作詞家の橋本淳さんとは現在までにコンビで500以上もの曲作りをしていて、筒美さんの作曲した作品で最も多く作詞を手掛けたのは橋本さんなんです。

 

 

その後、筒美さんはデビュー翌年の1967年には専業の作曲家となり、本格的に作曲家としての仕事に没頭していきます。

 

しかし、「ヒットの職人」のプロの作曲家として裏方に回ることにこだわっていた筒美さんは、メディアにほとんど登場せずに人前に出ない匿名性の高い作曲家さんでした。

これだけの作曲家さんでありながらメディア取材をほとんど受けず、新人時代のテレビ出演から2000年代に入るまで数十年もテレビ出演をしなかったくらいです。

 

その表に出てこないスタンスと、あまりの仕事の早さと素晴らしい完成度には「ゴーストライター集団による擬人ペンネームでは?」という噂まで流れたんだとか。

実在しない神のような存在とまで言われたほどの人だったんですね。

 

ちなみに、作曲家の「筒美京平」のペンネームの由来は、楽器の鼓が平らに響くという意味から「鼓響平」としたのち、漢字を左右対称にした「筒美京平」としたのだそうです。

 

日本の音楽界で、作品の売り上げ枚数が日本一の作曲家!

筒美京平さんは大ヒット曲を数多く作っている作曲家さんですが、実はレコード・CDの日本一の売り上げ枚数を誇る人なんです。

 

現在までの、日本の作曲家の歴代総売り上げ枚数ランキングがこちら

日本の作曲家の総売り上げ枚数ランキング

  1. 筒美京平:7560.2万枚
  2. 小室哲哉:7184.3万枚
  3. 織田哲郎:4179.3万枚
  4. 桑田佳祐:3893.7万枚
  5. 松本孝弘:3811.9万枚

 

57年間の活動の中で7500万枚以上もの売り上げ枚数を記録したという、とんでもない才能の作曲家さんだったんですね。

 

ただ、これだけの売り上げと楽曲提供をしていましたが、意外なことに松田聖子さん、山口百恵さん、中森明菜さんには楽曲提供をしていなかったとか。

 

山口百恵さんの担当プロデューサーさんが、「百恵の声は重いから筒美さんと合わない」と言ってたエピソードがあるそうです。

やはり、天才的な作曲家さんでも愛称というのはあるんですね。

 

もし、山口百恵さんに楽曲提供があったら、本当に合わずにヒットしていなかったのでしょうか・・・

ひょっとしたら、大ヒット曲となって引退コンサートで歌われてたなんてことがあったかもしれませんね。

⇒山口百恵の伝説の引退コンサート!セットリストと曲の解説まとめ!

 

筒美京平さんの才能に松本隆さんが感服?「木綿のハンカチーフ」制作秘話

売り上げ枚数のほかにも、筒美さんの才能のすごさを物語るエピソードがいくつもあります。

 

たとえば、筒美さんの代表曲の1つと言えるのが、太田裕美さんが1975年に歌った大ヒット曲「木綿のハンカチーフ」です。

この曲の作詞は有名作詞家の松本隆さんですが、実はこの歌は詞が先に作られたんです。

 

「木綿のハンカチーフ」の歌詞は、都会(東京?)に出る彼氏と地元に残る彼女との対話で4番の歌詞までずっと続く形式の珍しい詞になっています。

 

この詞を松本隆さんが書き、筒美京平さんの手元に渡ると、筒美さんは「詞が長いから短くしてほしい」と言いながらもあっさりと曲をつけてしまいました。

この仕事の素晴らしさには、松本隆さんも舌を巻くほど感服したそうです。

 

筒美京平さんと橋本淳さんの息子さん同士が共演した歌がある?

筒美京平さんは、匿名性の高い作曲家さんなので、妻や子供たちなどの家族の情報もほとんど出ていません。

 

ただ、奥さんとの間には息子さんがいらっしゃって、息子さんの名前が筒美さん自身の作曲した歌に登場しているんだとか。

 

その歌は、歌手の平山三紀さんのデビュー曲である、1970年発売の「ビューティフル・ヨコハマ」です。

作詞を担当したのは、橋本淳さんになります。

 

この曲の2番では、こんな歌詞が登場するんです。

踊り上手なハルオにゼンタとも子の彼も スイングしてる

 

この「ハルオ」という名前は橋本さんの息子さんの与田春生さんで、「ゼンタ」は筒美さんの息子さんの名前だそうです。

ただ、筒美さんは家族ともどもメディアにあまり出ないので、ゼンタという名前の息子さんがどんな漢字表記なのかどんな人物なのかはわかりませんでした。

 

筒美京平さんの昭和・平成の名曲まとめ!アニソンのヒット曲も!

では、ここから筒美京平さんの名曲の中から代表曲をいくつかまとめます。

 

筒美さんの作曲した名曲はあまりにたくさんあり過ぎるので、全部は紹介しきれないので、各年代から有名なものをいくつか紹介しますね。

いしだあゆみ「ブルーライトヨコハマ」

まず、1968年発売のいしだあゆみさんが歌った「ブルーライトヨコハマ」です。

作詞は、筒美さんの最大の相方である橋本淳さんです。

 

筒美さんがデビューした1960年代を代表するヒット曲で、筒美さんの曲で初めて自身初のオリコン週間1位を獲得した曲でもあります。

 

尾崎紀世彦「また会う日まで」

1970年代の代表曲は、1971年に尾崎紀世彦さんが歌った「また会う日まで」です

レコード大賞を受賞したほどの大ヒット曲です。

 

作詞は、これまた有名作詞家の阿久悠さんです。

 

ジュディオング「魅せられて」

レコード大賞を受賞したもう1つの曲が、1979年のジュディ・オングさんの「魅せられて」です。

この曲は、筒美さんの作曲した曲の中で最大のヒット曲になります。

 

ジュディ・オングさんのパフォーマンスもとても印象的な歌ですね。

 

 岩崎宏美「ロマンス」

1975年には、松本隆さんが感服したエピソードがある太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」がありますが、同じ年には岩崎宏美さんの「ロマンス」もあります。

岩崎宏美さんの代表曲で、レコード大賞で新人賞を受賞しました。

 

近藤真彦「スニーカーぶる~す」「ギンギラギンにさりげなく」

1980年代に入っても、筒美さんの手がけたヒット曲はたくさんあります。

その中でも、マッチこと近藤真彦さんのヒット曲が有名です。

 

最もヒットした曲は「スニーカーぶる~す」になりますが、「ギンギラギンにさりげなく」や「ブルージーンズメモリー」などもとても有名な曲ですよね。

 

ジャニーズメンバーにも数多くの楽曲提供をしていて、SMAPの「ベスト・フレンド」なども筒美さんの作曲です。

80年代には、ジャニーズ以外にも松田聖子さん、小泉今日子さん、中原理恵さん、早見優さん、本田美奈子さんなどの人気アイドルにたくさん楽曲を提供しています。

 

斉藤由貴さん「卒業」

1980年代のヒット曲では、斉藤由貴さんの「卒業」もとてもよく知られていますね。

作詞は、「スニーカーぶる~す」と同じ松本隆さんです。

 

この歌は、「卒業」というタイトルの曲で3本の指に入るほどの有名曲と言っていいでしょう。

昭和から平成を超えて令和の時代になっても、卒業ソングでは必ずと言っていいほど紹介されますね。

 

TOKIO「AMBITIOUS JAPAN!」

平成時代に入っても、筒美さんのヒット曲はたくさんあります。

その中でも特に有名な曲は、TOKIOが歌った2003年の曲「AMBITIOUS JAPAN!」です。

 

オリコン1位を獲得し、紅白歌合戦でも歌われている曲です。

 

サザエさんの主題歌「サザエさん一家」

筒美さんはアニソンもたくさん作曲していますが、その中でも一番有名と言っていいのがアニメ「サザエさん」の主題歌「サザエさん一家」でしょう。

作詞は林春生さんです。

 

宇野ゆう子さんが歌声でおなじみで、サザエさんたちが家に飛び込んでいくラストシーンとともに印象深い歌ですよね。

この歌を聴いたことがない日本人っていないんじゃないでしょうか。

 

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名曲とともに現在もこれからも語り継がれていく偉大な作曲家

日本を代表する作曲家の筒美京平さんについて、経歴と作品についてまとめました。

 

よく知られている名曲のいくつもが筒美さんの作品で、日本の音楽界に大きな貢献と功労を残してきた作曲家さんであることは間違いありません。

亡くなっても、未来の日本の音楽界に名前を残す偉大な作曲家さんです。

 

これだけの人が死亡されたことは本当に残念でなりませんが、筒美さんが作り上げてきた日本の音楽の世界からこれからもどんどん名曲が生まれてくるでしょう。

 

筒美京平さん、ご冥福をお祈りいたします。

 

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