平内龍太をドラフト2020で巨人が1位指名!投手での成績や評価は?

ピッチャースポーツ

ドラフト会議2020が、初のリモートによる指名と中継という形式で開催されました。

 

今回のドラフト2020は、ドラフト候補の1巡目の選択希望から4球団の競合が2つも出るという波乱の展開になりました

4球団の強豪となった、佐藤輝明選手は阪神タイガースに、早川隆久選手は楽天が入団交渉権をくじ引きで引き当てました。

 

そして、外れた球団が1巡目でまたドラフト候補性から選んだわけですが、佐藤選手をはずした巨人が次に選択指名した選手が亜細亜大学の平内龍太(へいないりゅうた)投手です

佐藤選手をはずしたものの、次の外れ1位では見事に平内選手を単独指名で一本釣りしました。

 

はずれ1位とは言え、原辰徳監督が率いる読売ジャイアンツのドラフト1位指名となった平内選手に大きな注目が集まっています

読売ジャイアンツが、ドラフト1位で交渉権を獲得した平内龍太選手について、現在までの経歴や成績や評価などを詳しくまとめます。

 

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平内龍太投手は亜細亜大学時代まで怪我や手術に負けず結果を残す!


平内龍太(へいないりゅうた)選手のプロフィールはこちら

  • 平内龍太(へいない りゅうた)
  • 生年月日:1998年(平成10年)9月7日(ドラフト候補時の年齢:22歳)
  • 出身地:兵庫県明石市
  • 身長:186cm
  • 体重:90kg
  • ポジション:ピッチャー
  • 投打:右投右打
  • 出身校:明石市立錦が丘小学校→魚住東中学校→神戸国際大付属高校→亜細亜大学

 

平内選手が野球を始めたのは、小学2年生の終わりに地元の明石市の少年野球チーム「魚住フェニックス」で軟式野球を始めたのがきっかけです。

中学校時代も軟式野球を続け、神戸国際大付属高校で硬式野球部に入部します。

 

高校時代には甲子園に出場できず、ドラフト指名も叶わなかった

神戸国際大付属高校時代の高校野球では、1年秋からベンチ入りして兵庫県大会を勝ち上がって近畿大会に出場しています。

ただ、惜しくも近畿大会の1回戦で立命館宇治高校に負けてしまい、センバツを逃す結果でした。

 

1年生の冬からは腰痛を発症して、そこから1年間は登板のチャンスがありませんでしたが、2年生の秋に見事に復活して先発投手も務めました。

 

高校3年生の夏の大会でも先発で好投を見せますが、兵庫県大会を勝ち上がることができず、甲子園出場は叶いませんでした。

さらに、プロ野球志望届を提出するも指名漏れに終わり、ドラフト候補からプロ入りの道もかないませんでした

 

このときの悔しい思いをバネにして、亜細亜大学での厳しい日常や練習に耐えて、球速や球種に素晴らしい磨きがかかったそうです

平内選手のグローブには、「Re Start H28.10.20」と無念に終わった高校時代のドラフトの日付が刺繍されています。

 

大学時代には右ひじを手術した!ケガが多いことで有名な選手だった?

平内選手は、亜細亜大学の野球部時代にはケガに悩まされ続けます。

 

亜細亜大学野球部の生田勉監督が「ものすごく練習をする。頑張り過ぎてケガをしてしまう子」と言うくらい、ケガが多かったそうです

 

高校時代に腰痛で1年くらい登板できなかった平内投手ですが、大学時代でもケガが続きます。

大学入学前のキャンプで右太ももを疲労骨折し、その年の夏には投球練習中に左脇腹の肉離れを発症してしまったんです。

 

これだけケガが続いたにもかかわらず、大学1年の秋からリーグ戦に登板して防御率1.65の好成績を残したほどの実力です

 

さらに、3年生の3月には右ひじのクリーニング手術を受けています

ただ、この手術によって復帰して150キロ超えの力強い球を投げられるようになったそうです。

 

アスリート一家に生まれ育つ!父、母、兄、さらに伯父もすごい!

平内龍太選手が学生時代からピッチャーとしての好成績を残してきた理由の1つに、家族からの血筋や遺伝、そして環境があると思われます。

実は、平内選手の一家は素晴らしいアスリート家族なんです

 

平内選手の父親の大介さんも元高校球児だった人で、母親の恵三(えみ)さんは元バレーボール選手です

そんなアスリートの両親から生まれた2歳年上の兄の翔太さんも、関西大学でピッチャーをしていた人です

 

お兄さんも大学でピッチャーで活躍されていましたが、ケガの影響で現在は野球からは離れているそうです。

兄弟そろってケガに泣かされてきたんですね。

 

さらに、もっとビックリするのは母親の兄にあたる伯父の永井智浩さんは元プロ野球選手だったんです

福岡ダイエーホークス(現在の福岡ソフトバンクホークス)で、ピッチャーを務めていたプロ野球選手だったんですよ。

 

平内選手の生まれた年である1998年に初登板しますが、2001年から右ひじの故障などに悩まされて成績が低迷したこともあって2006年に引退しました。

伯父さんもケガに悩まされた選手だったんですね。

 

それでも、現役時には1999年の日本シリーズで日本一になったときの日本シリーズ優秀選手賞を受賞した活躍をしたピッチャーだったんです

 

引退後の現在は、福岡ソフトバンクホークス球団統括本部・編成育成本部の本部長と、スカウト・育成部の部長を兼任しています。

球団のお偉いさんですね。

 

これだけの家系に生まれ育った平内龍太選手で、さらに元プロ野球選手の甥っ子ですから、素晴らしいアスリートの血を引き継いでいるんでしょう。

 

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平内龍太の高い評価は最速156㎞のストレートと多彩な変化球の持ち球

平内龍太投手が持つ大きな武器は、186センチの長身から投げられるMAX156㎞のストレートの剛速球です

大学1年生のときは最速151㎞でしたが、その後3年で最速156㎞を投げました。

 

速いストレートだけでなく、変化球もいろいろ投げることができます。

変化球は、スプリット・ツーシーム・スライダーなどを持ち球としていて、特にスプリットの評価が高いそうです

 

150キロ超えの剛速球と多くの変化球の球種が高く評価されていて、プロ入り1年目から即戦力としての活躍が期待されます。

新人王の獲得も十分に可能性がありますね。

 

平内龍太投手はケガが心配だが即戦力に期待大のピッチャー!

2020年のドラフト会議で巨人がはずれ1位で交渉権を獲得した、亜細亜大学のピッチャー平内龍太選手についてまとめました。

 

恵まれた長身の体格と、力強い剛速球のストレートと多彩な変化球の球種を武器に持ち、即戦力としてすぐに活躍できる期待が十分のピッチャーです

 

ただ、心配なのはケガですね。

学生時代には何回もケガに泣かされ、1年くらい登板できなかったり、手術を受けたりしています。

 

アスリートにケガの心配はつきものとは言え、同じく大学野球部でピッチャーだったお兄さんや、なにより元プロ野球選手だった伯父さんもケガに泣かされています。

 

平内選手は、どうかケガに注意してもらいたいですね。

そして、持ち味のストレートと変化球でプロ選手としても大活躍している姿を見たいです。

 

ジャイアンツの原辰徳監督も、平内選手を「菅野智之2世」と呼ぶくらい即戦力としての高い期待を持っています

平内選手も、その期待に応えたい気持ちで「160キロを目標に投げたい」と宣言しています

 

来シーズンの平内選手のプレーがさっそく楽しみです!

 

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