ハンクアーロン死去!王貞治やイチローとも関係が深いレジェンド!

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メジャーリーグで歴代2位のホームラン数を誇る偉大な野球選手だったハンク・アーロン氏が2021年1月22日に死去されました。

 

死因は公表されていませんが、1月6日に公式ツイッターでAP通信の写真入り記事をリツイートして、新型コロナウイルスのワクチンを接種したことをツイートしたばかりでした。

コロナ感染による死亡ではないと思いたいですね。

 

 

ハンク・アーロン選手と言えば、あのベーブ・ルース選手を超えるホームランを打ったレジェンドと言えるアメリカ大リーグの名選手です。

アメリカだけでなく日本でもとても有名な選手で、福岡ソフトバンクホークスの王貞治会長とも親交の深い人でした。

 

ハンク・アーロンのプロフィールや成績、そして偉大な功績などをまとめます。

 

 

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ハンクアーロンの成績がすごい!本塁打記録の歴代世界ランキング4位!

ハンク・アーロン氏のプロフィールはこちら。

  • ハンク・アーロン(英語表記:Hank Aaron)
  • 本名:ヘンリー・ルイス・アーロン(英語表記:Henry Louis Aaron)
  • 愛称:ハマー(Hammer)
  • 生年月日:1934年2月5日(没年齢:86歳)
  • 出身地:アメリカ合衆国アラバマ州モービル
  • 身長:およそ183cm
  • 体重:およそ81.6 kg
  • 投球・打席:右投右打
  • ポジション:外野手、一塁手
  • 所属していたチーム:クラウンズ→ブレーブズ→ブルワーズ
  • 背番号:44

1952年の18歳の年齢でプロ入りし、1974年4月8日に40歳の年齢でベーブルースの本塁打記録の714本を抜く715号ホームランを打ちました。

 

その後、通算の本塁打数を755本に伸ばして1976年に現役を引退しました。

 

この755本のホームラン記録は、世界の歴代の野球選手で第3位の記録となります。

通算ホームラン数記録1位:王貞治(868本)

2位:バリー・ボンズ(762本)

3位:ハンク・アーロン(755本)

4位:ベーブ・ルース(714本)

5位:アレックス・ロドリゲス(696本)

2007年にジャイアンツのバリー・ボンズ選手に記録を抜かれるまでは、メジャーリーグで最多のホームラン数を誇る選手だったんです。

 

ただ、ベーブ・ルースのホームラン記録を塗り替えるのが見えてきた時期には、「黒人選手にに白人選手の記録を抜かれたくない」という差別や批判をかなり受けたそうです。

それでも、ハンクアーロン選手は乗り越えてたくさんの応援も受け、見事に記録を更新しました。

 

ホームランの記録であまりにも有名ですが、意外にも盗塁数も240と多めです。

また、1シーズンでのホームラン数のベストは44本で、ベーブルースなどと違って50を超えていません。

 

ホームランが突出していたというより、いろんな成績を安定して出し続けていたオールラウンダーの選手といった感じですね。

 

引退後の1982年には、アメリカ野球殿堂入りをしています。

また、背番号の44番は所属していたブレーブスとブルワーズの2球団で永久欠番に指定されています。

 

 

ハンクアーロン賞とはどんな賞?イチローも受賞候補だった?


ハンク・アーロンは、「ハンク・アーロン賞」という野球の賞に名前を残しています。

 

どんな賞なのかというと、メジャーリーグでその年に最も優れた打者の選手に贈られる賞なんです。

1999年に設立された、比較的に新しい賞になります。

 

過去の受賞選手には、アンドリュー・ジョーンズ選手やケビン・ユーキリス選手など、日本のプロ野球で活動したことのある選手もいます。

さらに、2007年にはイチロー選手も受賞候補になりました。

 

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ハンクアーロンは王貞治とホームラン競争するなど親交が深い!

ハンクアーロン選手は1976年に現役を引退しますが、翌年の1977年には日本の読売ジャイアンツの王貞治選手が756号ホームランを打って記録を更新してしまいます。

それでも、アーロン氏は王選手を称賛して祝福したという器の大きい人物です。

 

「アメリカと日本の野球球団では、条件や環境が違って比較できるものではない」などの意見もあった中でも、ハンクアーロンは王貞治を称賛して祝福したんです。

 

このとき、記録更新のお祝いに、ハンクアーロンは王選手にフラミンゴのはく製をプレゼントしています。

王選手の打ち方である「フラミンゴ打法(一本足打法)」にちなんだもので、シャレていますね。

 

このプレゼントのチョイスは、親しい間柄でないとなかなかできないでしょう。

 

2人は現役時から親交があり、1974年には日米野球で来日したハンクアーロン選手が、後楽園球場にて王貞治選手とホームラン競争をしています。

結果は、9本と10本の一本差でアーロン選手の勝利でした。

 

この日米のキング対決を覚えている人も多いことでしょう。

 

日本にも関係の深い偉大なレジェンド選手だったハンクアーロン

ハンク・アーロン選手について、現役時代から引退後までのプロフィールや成績、そして王貞治選手とのエピソードなどをまとめました。

 

ホームラン記録や成績の偉業だけでなく、黒人選手としての差別を乗り越え、日本の選手に対してもあたたかく接してくれたレジェンドです。

 

王貞治選手のホームラン記録更新のときだけでなく、イチロー選手がピートローズ選手の安打記録を抜いてメジャーリーグ歴代通算安打を記録更新したときも擁護してくれました。

「日米通算で、メジャーリーグだけで打ったヒットじゃない」という声がある中でも、イチロー選手を祝福してくれたエピソードがあるんです。

 

そんなエピソードがあるハンクアーロン選手は日本でも知名度がとても高く人気の野球選手で、訃報には日本の野球ファンからも悲しみの声がたくさんあがっています。

 

ハンク・アーロン氏のご冥福をお祈りいたします。

 

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